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この大陸で最も神聖にして最も難所の山岳地帯。別名を“神の座”とまで謳われている、アケメネイの山頂近く。万年雪の雪渓に存在するという“聖域”を、代々守る使命を陽白の一族から託されて、神話の時代からのずっとずっと、他の土地の人々との交わりを極力断ってまでして、神秘のままに在り続けた隠れ里。壮絶な運命にゆく道を定められし敬虔なる人々の住処…である筈なのだが。
「わぁ〜、何だか素朴な家具なのが落ち着くなぁ。」
もうお時間も遅いことですしと、一応の歓待、街のあちこちが襲撃で破砕されし この混乱の中にしては、恐縮千万なほどにも御馳走を並べてくださった食事を済ませてから。こちらでお休みをと通された部屋は、滅多にない“客人”のための、一応は畏(かしこ)まったゲストルームであるらしかったが。王城の街や王宮内で目にしたような、かっちり洗練されたものからは程遠い、温もりのある意匠(つくり)の家具や調度がどっしりと据えられていて、ほのぼのと心を和ませる。決して、息をひそめて世間から必死に隠れていたのではなく。天上に最も近い別天地にての、隠遁者生活、のようなもの。日々の幸いを丁寧に数えては神に感謝し、争いごとや衝突も時にはあろうが、どうすればにこにこ笑って済ませられるかなと、真っ先にそうと決まったゴールへ到達する術を、皆して“う〜ん、う〜ん”と案じるような、そんな里。
“そうでもなきゃ、こうまでの長き隔離生活なんざ やってられんだろうさ。”
何もそんな極端な言いようをなさらずとも…。カメちゃんと外の空気に当たって来たいと言い出したセナを葉柱に任せ、どこか綺羅びやかなその風貌が、お館務めの女性陣たちをさわさわと騒がせた魔導師様二人の方はお部屋に居残り。惣領様から得られた情報を整理なぞしておいでの模様。結局のところ、あの奇妙な大砂時計の“グロックス”とやらは進に付属していたものだったことと、彼の養い親のシェイド公の手によって、この里に封印されていたことが判明し。それから…あの賊たちは、そのグロックスを目当てに此処をわざわざ襲ったことから、やはり“炎獄の民”に直接かかわる存在らしいという疑いが、ますますのこと濃厚になった。
「もう断言しちまってもいいと思うがな。」
こちらの面々にしても、陽白ゆかりの身であったからこそ、先年の騒動では魔界から召喚されたる恐ろしい魔物たちから狙われもしたのだし、そんな連中と死力を尽くして戦いもした。そんな修羅場を現実にくぐり抜けて来た彼らであるが故に、御伽話の中の架空の存在かも知れない…なんて、言ってる場合でも段階でもなく、その点へはもはや異論もない。
「炎獄の民の末裔、か。」
今より遥かに昔々。神話の時代の“聖魔戦争”の最中に、陽白の一族を補佐し、戦闘能力を特化させたとされている特殊な一族。あの奇妙な砂時計を中心にした視点で見通せば、シェイド公が取った手配りといい、連中の行動といい、進は間違いなくその末裔であると思われ。だからこそ連中が連れに来たのだろうし、仲間だと見なして“襲撃班”に加えたのでもあろうと解釈すれば…。
「…にしては、おそまつな顛末だったけど。」
セナ王子の血を吐くような呼びかけで、封じられていたらしい意識があっさり解放されていた進だったのは、どう見ても不手際以外の何でもなく、
「炎眼とやらの恩恵で、暗示や誘導系の咒は十八番な筈だろうにな。」
何でまた あんな中途半端な処置で済ませていたのかと。自分ならばもっと徹底的なもので制御したろうにと言わんばかりに、ソファーに腰掛けていた蛭魔が眉を寄せて見せたが、それへは、
「そうじゃないでしょうよ。」
そのお向かいから桜庭が呆れたような声をかけている。
「そもそも、仲間だったらどうしてそんな強引な手で駒扱いするのサ。」
「あの石頭を説得するのは日がかかるだろうから、とりあえずの既成事実で強引に仲間だって事にしたかったんじゃねぇのかな。」
「…強引過ぎないかい? それ。」
判んねぇぞ、あれで義理堅い奴だしな。そういう奴には適当なからくりでもって、手っ取り早く“同罪”っていう種類の自身への負い目を背負わせるのが一番効果的でな。義に厚く、正義感が強い者ほど、人質を取られると身動き出来ないのと同じ理屈だよ。まあ“全体主義”系の思想にかぶれて偏った“正義”に走ってるような、人の命より理想が大事なんて平気で言えちまえるような“頭でっかち野郎”は例外だがな。そういうのはそもそも“正義”じゃないでしょうが…と。先の襲撃にどうにも理解不能な展開がくっついていたがため、それを解かんという論じが高じて、ともすれば話が逸れかかったものの、
「じゃあ、こういうのはどうだ。
あの城へと潜入した上で、国王や王妃ではなく、
セナという“光の公主”を…覚醒してりゃあ本人からして手ごわい存在を、
なのにわざわざ狙ったことに、意味があるとするならば。」
温室での奇襲の最中、少々暴走じみてはいたものの…セナ自身の抵抗により暴漢たちは見事に打ちのめされていたのだし。か弱く見えても実は、セナだとて手ごわい存在。それは重々思い知った筈で、
「二度目の襲撃に進を連れて参内したのは、奴の姿を見てセナが抵抗を辞めるかもと踏んだからだとしたら?」
「あ…。」
現に、動きが凍っていたセナではなかったか? 進本人が自分へ近寄るなと突き放したからこそ、連れてゆかれず助かったようなものだったのを思い出し、
「…そっか。」
あながち極端な話ではないかもと、攫った進をまんま同行させたという、相手の取った段取りへの謎は何とか均されたものの、
「滅んだとされてる炎獄の民だが、どっかで生き延びてた末裔がいて。そんな連中が、途轍もないほど太古に祖先が受けた仕打ちへの清算をしたくて、陽白の一族への復讐に立ち上がった…ということなのかねぇ?」
その存在をよくよくは知られていないセナへと、わざわざの奇襲を仕掛けたのは揺るがしの利かぬ“事実”だから。連中の目的が“復讐”だろうなんていう、いかにも物騒な言いようを掲げた蛭魔であり。すんなりとした白い指と、そこにある透かし彫りも見事な金の指輪。一応は手ぶくろに包まれていつつも寒さに凍えていたものを、顔からは少しほど離しつつも、確かめるように、いたわるようにと撫でて見せるその所作の優雅さに、ついつい見とれていた桜庭が、
「…いや、復讐ってのはどうかと。」
相棒の過激な言いようへ、遅ればせながら我に返り。再び“おいおい”と宥めるようなお声をかけたものの、
「惣領様も言ってたろうが。伝承が語らないからこそ、陽白の一族の手で滅ぼされたってことになってるそうじゃねぇかよ。」
凄腕の戦闘民族であったとされていることからしても、そうそう容易く何かに倒され滅んだとは思いがたく。何かしら特化の方向を誤ったことから…目に余るとされて罰や制裁を加えられたのではないかというのが、隠れ里の首長たちの間に伝わっている解釈だという話だったし。
「でもさ。相手方はともかく、セナ王子にしても妖一にしても、血統でもって父から子へなんて引き継いで来た代物じゃあないでしょうよ。」
親から何も言い聞かされていなかったから…なんて問題じゃあない。文字通りの“縁もゆかりもない”過去だの前世だのとやらの繋がりから恨まれるなんて、それこそ筋違いもいいところ。ただ単にそういう能力のある存在として“降臨”した身だってだけなのだから、過去の因縁とか言われても通らないのではと、言いつのった桜庭へ、
「そんな理屈が通ると本気で思うのか?」
その鋭い目許をますます細めて眇めるようにし、半ば睨むような表情をわざわざこしらえて。蛭魔はあっさりと突き放すように言い返す。
「確かに、今の今 生き残ってる手合いらが、陽白ゆかりの何者かから何かしら迫害されてたとか、直接の恨みってのがあるとも思えんが。」
――― とはいえ。
「どう見ても同じ一族でまとまっての行動で。しかも…少人数でありながら、王国の政権を担ってる“王家”なんてな無謀なくらいデカイもんへと強襲かけてる辺りからして。個人的な利害や恨みから世を拗ねてって集団が旗揚げしてんじゃなく、積年の恨みって“大義”で結束を固めての行動だとしか思えねぇ。」
相手を選ばず、こっちの陣営の人間だというだけで容赦なく噛みつけるのも、そんな下地があるせいだろうさ。だったなら。相手の事情や個人的な何やなんてものは、はなっから関係ない。
「自分たちが今現在も苦境にあるなら尚更だ。進は流民だったそうだしな。他の面々も、この大陸から追いやられた先の土地で、長い間、異民族としての不遇の時代を過ごしたのかも知れねぇぜ?」
間違いないとまで言い切る蛭魔へ、
「そんなの…。」
桜庭が言葉を途切れさせたのは、悲しいことだが彼の言うのが一番の“現実”でもあるからに他ならず。例えば大規模な、国や民族を挙げての戦争なんてものがいい例で、目の前にいるその人が何をしたかは関係ない。敵国の人間だというだけで、こいつが自分たちの同胞を殺したという感情にあっと言う間に意識が呑まれる。種族保存の本能に、歪んだ炎が引火する。
「でも、それは“群集心理”って条件があってのケースでしょうよ。」
理性をも飲み込む、一種の集団ヒステリー。真っ当な判断の下に、統制の取れた者たちが取る行為ではないようなと、ぎりぎり食い下がった白魔導師さんへ、
「“これ”だって立派に そんなもんじゃねぇのかな?」
鼻で笑って見せる素振りが、憎たらしいほど冷たくも決まっている、黒魔導師さん。
「第一。それ以外の事情や理由で、実際に戦場にも立ったろう あの朴念仁剣士だけならいざ知らず、セナ王子までもが、あんな連中からピンポイントで周到に狙われるなんてことが、果たしてある得るのかよ?」
長きにわたって行方不明になっていた悲劇の王子。先の混乱で不幸にも命を落としてしまった者の親族が、その悲運を恨みに思い、王族なら誰でもいいと襲い掛かった…という筋書きならまだ何とか理解出来なくもないけれど。だとしても、わざわざ主城の奥の院まで踏み込んで、その姿や何やもさほど広まってはいない存在を標的として狙うだろうか。
「陽白の一族ゆかりの者だからこそ…ってこと?。」
自分たちの祖先を滅ぼし、どこぞかへ去ったとされている一族が、その降臨を預言した存在だから。それで、復讐への格好の標的となっているということか?
「ま、チビへの強襲の理屈づけが“陽白の一族”への復讐かどうかは、
実を言うと、俺も五分五分と見ているんだがな。」
神話へと刷り込まれしほどもの。あまりに古いものだけに、推測だらけの論証だったし、それにそれに。
「グロックスの方も、再び強奪される恐れは大有りとみていいからだ。」
「此処にあることを突き止めるのは容易じゃなかったろうから?」
シェイド公がこの世の何物からも隠すためにと、この地の聖域をすがり、この隠れ里への封印をと預けたのが8年ほど前だという話で。きっと彼らだとても、このアケメネイまで到達するのには、場所を捜し出すための歳月だけでもそれなりにかかっている筈。そうまでして突き止め、持ち出した代物なのに、あっさりと手放したままにしておくだろうか。進の持ち物であったということは、そして彼が持っていては危険だと断じ、引き離したシェイド公だったということは、彼らはその2つを再び元通りの“対”にするつもりでもあろうから…と、ストレートに繋いだらしき桜庭へ、
「それもまた微妙だけれどもな。」
「何だよ、それ。」
いちいち引っ掛かるよな言い方をする蛭魔へと、元大魔神様、口元を尖らせかかったが、
「進の手元へ送りつけた時点で、もう既に用向きは果たしているのかも知れないからだ。」
常に予断を許さず、冷静に。最悪の場合も想定へと織り込んでおくこと。相手の周到さを警戒し、過ぎるほどに用心しておいた方がいいと、そうと構えている蛭魔であるらしく。とはいえ、
「何も、もう用済みだと決めつけて、頭っから否定しちゃあいねぇさ。」
小さく笑って見せ。そして、
「昨日の二度目の襲撃では、さもセナを今度こそ攫いに来たかのような言いようをしていたが。」
仄かに目許を伏せ、ぽつりと呟いたのが。
「あれも、撹乱作戦だったのかも知れんのだし。」
穿った見方をするならば。最初の襲撃は、進が不在であることへの不審を抱かせるのを遅らせるため。そして、二度目の襲撃は…まだ事情が分からぬままなこっちの陣営が浮足立っているうちに、セナを最優先して守ることで注意がお留守になるだろうグロックスの方を、隙を衝いて飛び込ませるつもりだった別動隊が奪還するという段取りだったのかも知れないと。蛭魔はそんな風に踏んでいるらしく、
「わざわざグロックスも取り返しに来たと口にしたのが陽動作戦ならば、セナへこそ用がある。逆に、セナへの襲撃が陽動ならば…。」
余裕かそれとも、撹乱か。何とも掴みどころのない、飄々とした態度を取り続けた相手方。口先三寸でこっちをようよう撹乱出来る技も、悔しいながら見事なものだったと苦々しい顔になった蛭魔であり、
「じゃあ…。」
「ああ。」
これだけははっきりしている。進だけを手元に収めても、彼らの目的はまだ果たされてはいないということ。
「再襲撃されるには違いない。」
「そうだね。」
連中は、グロックスもセナも取りこぼしたままであり、しかも、
「進への暗示は、セナくんからの一声で脆くも解けたんだしね。」
先に蛭魔が不審がっていたように、咒への抵抗がないに等しき“剣士”の進へ、もっと強力な暗示をかけていなかった彼らだが。そんな不手際への背景や相手の都合なんてのはこの際どうでもいい。グロックスを所持することで、何かしらの意味がある存在になるらしき進であり、それへとセナという存在を近づけたなら…意志を封じ込めることへの障害になると実証したも同じだろうから、
「過去からの遺恨なんてな曖昧な理由からじゃあなく。
利用されるか、悪くすりゃあ“邪魔物”と見なされて、
それを理由に攫われるか、はたまた殺されるか しかねんということだ。」
◇
白黒、二人の導師様がたが、極めて物騒な“最悪の事態”までもを織り込みながら、今後の先行きを検討なさっていたのとは、少々居場所を離れてのこと。再びの防寒重装備をその小さな御身にまとい直し、セナ王子は葉柱に連れられ、館の外へと出ていた。外と言っても敷地の内側、お庭の範囲内ではあったが、
『カメちゃんには懐かしい土地なのでしょう?』
そもそもは自由にお空を舞っていた鳥さんなのだから、多少は不自由だったろう封印を解かれたのならばもっと直(じか)に。此処の空気というのに触れさせてあげたいと言い出してのことであり、
「…わあ、もう真っ暗だ。」
いや、それはさっきも言ったんだがなと。明日の朝でもいいんじゃないかと、これでも忠告はした葉柱が、くっきりとした白い息を吐きながら、反っくり返り過ぎて背後へそのまま倒れそうなほどになって、頭上の星々を見上げているセナへと苦笑を向ける。まだまだ厳冬の中にあり、それは冴え渡った夜気の感触が、それでもどこか懐かしいのは葉柱にも同じこと。
「………。」
空気に触れさせたいと言った割に、カメちゃんもまた再び袋詰めになっており。マントの外へと出して抱えてはいるけれど、寒くないようにと しっかと抱えてくれている、小さな小さな主人が寒くはないかと、彼にはそっちが心配なようで。しきりときゅうきゅう鳴いているのが…主従そろって何をやっているかだよなと、苦笑がこぼれて仕方がない葉柱であるらしかったが、
「…彼らのあの赤い眸が、闇の咒に関わったものだとするのなら。」
不意に。ぽつりと呟いたセナの声に気づいて、んん?と顔をそちらへと向ければ。妙に真摯な表情になった王子様の横顔が、視線はお空へと向けたまま、
「もしかして。ボクが邪魔だからって、亡き者にしたいのかも知れませんね。」
穏やかじゃあない言いようを紡ぎ出す。
「…おい。」
何を言い出すかなと、表情を少々荒げつつ、打ち払いかかった葉柱へ、
「だって。炎獄の民の方々はそれが原因で…陽白の一族に滅ぼされたのでしょう?」
滅びをこそ善しとする、闇の負気を帯びた陰体の邪妖たち。魔界からの敵には、物理的な力はさして効果がなかっただろうから、そんな輩たちを絶大な力でもって打ち払うためにと、大きな咒力の修得にも励んだ彼らだったに違いなく。毒は毒をもって制すとばかり、更に強力な力を求めた結果、そんな方向に走った彼らであったのなら。それではいけないと…何を招くか判らないからと。味方である筈の、命さえ惜しまず支えて来た陽白の一族から“成敗”という名の攻撃を受けて。
「それでも生き延びた人たちなのなら…闇の咒の力を得た自分たちには何が天敵かも重々ご存じな筈です。」
セナが思い出したのは、最初は“お迎えに参りました”と、自分へそんな言い方をしていた彼らだったことで、
「こんな子供で、そりゃあ非力なボクなのに。有無をも言わさず、力づくで連れ去れもしただろうに、どうしてそれは避けたのでしょうか。」
導眠効果のある咒を封管に詰めて添えるほどもの、手の込んだことをしてまで。わざわざ護衛の進さんを遠ざけた。そんな下準備までしておいて。なのに、実行に移った彼らが取った手は、あまりに正攻法で、
「ボクを連れ去ることへは、さして積極的ではなかった。抵抗するなら殺してもいいと、そんな段取りだったからではないのでしょうか。」
「…それって。」
「彼らの目的は、ボクではなく進さんの方であり。でも、それに気づかれたくはなかったから。」
あくまでも狙っているのはセナだとしたかった。その騒ぎの陰で進を連れ去り、続いて…ちょっとした偶然からこっちに届いてしまったあのグロックスを取り戻すべく、やはり“表向き”にはセナを狙ったような格好での、あのような急襲を仕掛けた彼らだったのではなかろうか。
「じゃあ何で、目的を果たしてきっちり捕まえた進を、こっちへわざわざ連れて来た?」
「それは…。」
少しばかり熱を帯びかかっていたセナの表情が凍る。ボクが。油断するからかも。
“現に心が揺らいだし。”
今は降ってはいないがそれでも、足元に、木立の梢に、分厚く敷き詰められた雪の白が、闇の漆黒の中に浮かび上がって怪しく光る。空の片隅では、少し欠けた月が蒼く光るお顔を出しており。陽光に導かれてこその色彩を今はすっかりと褪せさせて、雪のお庭はまるで冥界の王宮のように、ただただ寂れて冷たく見えるばかり。進を自分から奪って行った人たちは、同時に…自分を忌み嫌っている人たちでもあって。誰かからそこまで疎まれる身だということ、認めるのはさすがにきつい。しょぼんと肩を落としたセナへ、腕の中のカメちゃんが、尚のこと心配そうに もがきかけたが、
「だってんなら。」
葉柱が。大きな手のひらでセナの肩をぐいっと掴んで、小さな少年の肢体を、そのままの力任せにて自分の身へと添わせるように引き寄せる。そして、
「水晶の谷へ行ってみようや。」
「え?」
しっかと充実した存在感にぴたりと添われて。真っ暗な空の下に一人きり、そんな気がしていたのが…見事なまでの勢い、一瞬で退いてしまった。そして、
「魔界から押し寄せる魔物たちが恐れるは、陽白の勇者たちが掲げし、聖剣の放つ聖なる光。」
まるで朗読のような口調にて。葉柱は何かの一節らしい台詞を口にし、
「進の野郎が提げてたアシュターの剣もそうなんだがよ。聖なる剣の大元、陽白の祈りが込められた伝説の聖剣ってのは、もともとその“水晶の谷”ってところから持ち出されたらしくってな。光の公主なんてのは先の話で出て来ないその代わり、伝承の中で活躍していた陽白の騎士たちは皆、その剣を必ず提げてたもんさ。」
くけけと、惣領様の息子にしては少々品のない笑い方をした葉柱へ、
「水晶の谷?」
初めて聞いた名前だったので、セナが思わず繰り返す。何とも華やかな印象の、いかにも精霊や妖精なぞが隠れていそうな名称で、
「闇の咒ってのはな、大地の気脈や、雨風嵐、自然天然のそこここにあふれてる陽力を、練ったり借りたりしない咒でな。それを極めた者は、何らかの契約の下、その身に扉を通した“闇”からの力を、無尽蔵に借りてそのまま繰り出せる。そんな厄介なもんを相手にするからには、こっちも対抗策を練った方がよくはないか?」
「…はい。」
葉柱の言いたいことは何とか判る。こちらの陣営にも、そりゃあ頼もしい魔導師様たちが揃っておいでだが、再びの奇襲を受けて、はっきりくっきり凌駕出来る手勢かと言うと…相手もまだまだ本気で全力だったとは到底思えない以上、失礼ながら五分五分というところかも。それに、セナは、あらゆる光を統制出来るほどもの力を持つとされる“光の公主”だけれども。まだまだ制御への実践が足らず、昨日の急襲の場で発揮した、あの程度の“反撃&防御楯の咒”でさえ、収拾する術を知らず困っていたほど。相手が問題の“闇の咒”まで繰り出して来たならば、果たしてどれほどの抵抗がかなうことやら。
「…その谷へ行けば、聖なる剣が見つかるのですか?」
少しでもこちらの戦力が上がるのであれば、何より、闇の咒なんてものへの対抗策になるものなら。すがりたい、いやさ、この手に掴みたい。戦いを、そして勝利を意識し目指す、強い意気込みの証しとして。こちらからも身を乗り出すようにして、ようやく元気が出たらしい王子様へと、
「伝説ではな、エルフが守る特別の“クリスタル”があるんだと。」
葉柱は自分の手柄か自慢のように、それは意気揚々と語って聞かせ、
「それを剣に鋳込むと、振るう者の放つ聖なる力に共鳴して、陽の咒力が倍加されたり、斬撃の威力も増すとかいう話で。」
いかにも強力な剣であることかを並べたところが、
「ほほぉ、それは心強いアイテムじゃねぇか。」
「………おや。」
なかなか戻って来ないセナをさすがに心配したのだろう。庭へと出て来る戸口の手前、簡単にコートを羽織っただけといういで立ちの、金髪痩躯の魔導師さんが立っており。夜気の中へと白い息を吐き出しながら、
「このままとんぼ返りで戻って、連中からの再襲来をぼんやり待とうと思ったが。そんな伝手があるってなら、この際は乗らない手はねぇな。」
何を間違えても自らに自信がないということはあり得ない彼だけれど。まだまだピースが埋まらず、相手の思惑も武力も、その全貌が見えない戦いであるだけに。周到さにつながるものなら、この際なんでも掻き集め、背負ってやろうじゃないかと思ったらしき、黒魔導師様。
「そのクリスタルをゲットしに、聖域へも寄り道してこうじゃねぇか。」
…そんな、行きがけの駄賃みたいな言い方をして。罰が当たっても知りませんよ?
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*す、少しはお話も動きそうかな?
でもだけど、年越し・年跨ぎは間違いなくの決定でございます。(うううう…)
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